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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)1744号 判決

主文

一  被告は、別紙第二目録記載の書籍を印刷、製本及び頒布してはならない。

二  被告は、その所有する別紙第一目録記載の絵画、彫刻及び模型を撮影したフィルム、第一目録記載の絵画、彫刻及び模型の印刷用原版並びに同第二目録記載の書籍を廃棄せよ。

三  被告は、原告に対し、三四七万〇九二〇円及びこれに対する昭和六二年二月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告、その余を被告の各負担とする。

六  この判決は、右一ないし三に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一及び二同旨

2  被告は、原告に対し、二八〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  右1及び2について仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1(一)  レオナール・フジタ(以下「レオナール」という。)は、別紙第一目録記載の絵画、彫刻及び模型(以下「本件著作物」といい、その著作権を「本件著作権」という。)の著作者である。

(二)  原告は、レオナールの妻であるところ、レオナールが昭和四三年一月二九日に死亡したことにより、唯一の相続人として、本件著作権を含むレオナールの全財産を相続により承継取得した。

2  (一) 被告は、昭和六一年一〇月頃、別紙第二目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)に本件著作物を複製して掲載し、同書籍を頒布した。そして、被告は、現に、本件書籍を印刷、製本及び頒布するおそれがある。

(二) 本件著作物を撮影したフィルム(以下「本件フィルム」という。)及び本件著作物の印刷用原版(以下「本件原版」という。)は、いずれも専ら前記侵害行為の用に供されたもの、本件書籍は、前記侵害行為を組成したものであって、これらの廃棄は、前記侵害の予防に必要である。

3  被告は、前記本件書籍の頒布行為が本件著作権を侵害するものであることを知り、又は過失によりこれを知らないで、昭和六一年一〇月頃、本件書籍を二万部頒布したものであるところ、損害の額と推定される右侵害行為による利益の額は、本件書籍一部当りの定価一九〇〇円から作成原価五〇〇円を控除した一四〇〇円に右販売部数二万を乗じた二八〇〇万円である。仮に右主張が理由がないとしても、原告は、本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額を自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができるところ、右の本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、本件書籍一部当りの定価一九〇〇円の一〇パーセントの額に実際の販売部数一万八二六八を乗じた三四七万〇九二〇円であるから、原告は、少なくとも右額の賠償を請求することができる。

4  よって、原告は、被告に対し、本件著作権に基づき、本件書籍の印刷、製本及び頒布の差止め、本件フィルム、本件原版及び本件書籍の廃棄、損害賠償金二八〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)の第一文の事実は認め、同2(一)の第二文及び同2(二)の事実は否認する。

3  同3のうち、本件書籍一部当りの定価は認め、同書籍の販売部数は一万八二六八部の範囲で認め、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  本件書籍は、次に述べるとおり、著作権法四七条に規定する小冊子に該当するので、被告の行為は、原告の本件著作権を侵害しない。

(一) 被告は、本件著作物の原作品の所有者から、本件著作物をその原作品により公に展示することについて同意を得たものである。

(二) 本件書籍は、昭和六一年一〇月三一日から同六二年四月五日までの間に、東京、大阪、京都、広島及び福岡において開催された被告主催のレオナール・フジタ展(以下「本件展覧会」という。)の観覧者のために、同展覧会に展示された本件著作物を含むレオナールの作品の解説又は紹介をすることを目的として発行された。本件書籍は、本件展覧会の観覧予定人数の範囲内の部数だけ発行されたが、このことは、本件書籍が専ら観覧者のために頒布されるものであることを示している。

(三) 本件書籍は、レオナールの作品中、本件展覧会の展示作品のみを掲載しているが、本件展覧会及びレオナールの作品の紹介又は解説を前段に、図版部を中段に、「レオナール・フジタ年譜」等の資料を後段にそれぞれ配置して、本件展覧会の意義並びにレオナール及びその作品の全体像が浮かび上がるよう構成している。また、図版部には、鑑定書と共に本件著作物を掲載しているが、各作品ごとに、題名、著作年、画材、彫刻・模型の場合には材質、手法、署名の有無・位置・態様、作品の大きさ、作品の所有者名等の資料的事項を例外なく記載している。そして、別紙第一目録二五、二八、二九、六九、七四、七五及び九〇記載の作品については、特別の説明文を付している。

(四) 本件書籍は、規格二四〇mm×二四〇mm、紙質はアート紙、装丁はフランス装、総頁数は一四三頁であり、また、本件著作物の複製形態は、最大でも右規格に納まる程度の縮小されたもの、複製枚数一一三枚、複製頁数八九頁であって、これらの内容は、美術展において一般に小冊子として著作権者の許諾なしに観覧者に複製頒布されているカタログと同一であり、鑑賞用として市場で取引される画集のように独立の市場価値を有するものではない。

2  被告は、昭和六〇年頃から、東洋と西洋を結ぶ非凡な創造的芸術家であるレオナールの生誕一〇〇年を記念して、日仏文化交流を推進し、フジタ芸術を讃え紹介しようと、展覧会の開催を企画し、その準備を進め、昭和六二年二月頃には、本件展覧会開催の実施可能性が見えてきたので、原告に対し、本件展覧会開催及び展覧会用カタログの発行についての許諾を、礼を尽くして丁重に要請したが、原告は、理由もなくこれを拒否した。被告は、原告に対し、著作権料相当額の謝礼金の支払いを提示するなど、更に協力を要請して交渉を続けたが、原告は、これをかたくなに拒否した。本件展覧会は、日仏両国美術界の一大催事であり、フランス側名士の協賛を得た国際的文化問題であるので、被告は、本件展覧会の開催を放棄することはできず、予定どおり開催した。本件書籍は、このような本件展覧会の観覧者のための出展作品の解説又は紹介を目的として発行された抗弁1のとおりの書籍であって、同書における本件著作物の複製及び同書の発行は、文化的所産の公正な利用であるから、著作権の恣意的行使によってこれを妨げる原告の本訴請求は、権利濫用であり許されない。

四  抗弁に対する原告の認否及び反論

1  抗弁1及び2は否認する。

2(一)本件書籍は、次に述べるとおり、小冊子に該当しない。

(1) 本件書籍は、一四四頁であり、そのうち図版部は、九八頁を占め、その中に一三〇点の作品が複製掲載されているが、解説の付された作品は、このうち七点のみである。

(2) 本件書籍は、上質のアート紙を用い、表裏表紙は厚手の上質アート紙を用い、金色の装丁が施されており、また、本件著作物の複製形態は、最小五五mm×八〇mmで、大部分は一頁の半分以上の大きさを有し、ほぼ原寸大のものも八点存するが、これらの点も含め、本件書籍は、観賞用として市場で取引される画集と比べ内容的に遜色なく市場価値を有するものである。

(二)  原告の本訴請求は、権利濫用に当たらない。すなわち、美術展の開催には、最低二年間程度の準備期間が必要であるのであるから、被告が真摯に原告の許諾を求めるのであれば、右準備期間の当初の段階でこれを求めるべきであるのに、被告は、開催のほとんど直前になって協力を求めたのであって、被告が真摯に許諾を求めたとは考えがたく、当初から本件展覧会の開催を強行するつもりであったことは明らかである。ところで、原告は、被告から協力を求められて後、調査したところ、被告は、昭和五七年のダリ展において、ダリの拒否の手紙を承諾の手紙に変造するなどして展覧会を強行したことを知った。原告がこのような被告の協力の求めを拒否したのには、正当の理由がある。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因1及び同2(一)第一文の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、抗弁1について判断する。

著作権法四七条は、美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、第二五条に規定する権利を害することなく、これらの著作物を公に展示する者は、観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子にこれらの著作物を掲載することができる旨規定するところ、その趣旨とするところは、美術の著作物又は写真の著作物の原作品により、これらの著作物を公に展示するに際し、従前、観覧者のためにこれらの著作物を解説又は紹介したカタログ等にこれらの著作物が掲載されるのが通常であり、また、その複製の態様が、一般に、鑑賞用として市場において取引される画集とは異なるという実態に照らし、それが著作物の本質的な利用に当たらない範囲において、著作権者の許諾がなくとも著作物の利用を認めることとしたものであって、右規定にいう「観覧者のためにこれらの著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小冊子」とは、観覧者のために著作物の解説又は紹介をすることを目的とする小型のカタログ、目録又は図録といったものを意味し、たとえ、観覧者のためであっても、実質的にみて鑑賞用の豪華本や画集といえるようなものは、これに含まれないものと解するのが相当である。この点について更に敷えんすると、右の「小冊子」に該当するというためには、これが解説又は紹介を目的とするものである以上、書籍の構成において著作物の解説が主体となっているか、又は著作物に関する資料的要素が多いことを必要とするものと解すべきであり、また、観覧者のために著作物の解説又は紹介を目的とするものであるから、たとえ、観覧者に頒布されるものでありカタログの名を付していても、紙質、規格、作品の複製形態等により、鑑賞用の書籍として市場において取引される価値を有するものとみられるような書籍は、実質的には画集にほかならず、右の「小冊子」には該当しないものといわざるをえない。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、(1)本件書籍は、規格二四〇mm×二四〇mm、紙質はアート紙、装丁はフランス装、表裏表紙は厚手の上質アート紙を用いた金色の装丁、総頁数は一四三頁であり、また、本件著作物の複製形態は、最大のものが右規格に納まる程度に縮小されたもの、最小のものが五五mm×八〇mm、大部分が一頁の半分以上の大きさ、原寸に近いものが八点、複製枚数一一三枚、複製頁数八九頁であること、(2)本件書籍は、レオナールの作品中、本件展覧会の展示作品のみを掲載し、本件展覧会及びレオナールの作品の紹介又は解説を前段に、図版部を中段に、「レオナール・フジタ年譜」等の資料を後段にそれぞれ配置して構成し、また、図版部には、鑑定書と共に本件著作物を掲載し、各作品ごとに、題名、著作年、画材、彫刻・模型の場合には材質、手法、署名の有無・位置・態様、作品の大きさ、作品の所有者名等の資料的事項を例外なく記載し、七点の作品については説明が付されていること、以上の事実が認められる。そして、〈証拠〉によれば、本件書籍と同程度又はそれ以下の規格、紙質、作品の複製形態等を有する書籍が、鑑賞用の画集として市場で取引されている事実が認められる。以上認定の事実によれば、本件書籍は、実質的にみて鑑賞用として市場で取引されている画集と異なるところはないから、著作権法四七条の規定に関する前説示に照らし、右規定にいう「小冊子」に該当するものとは認められず、したがって、被告の抗弁1は採用するに由ないものといわざるをえない。この点に関して、被告は、本件書籍の内容は、美術展において一般に小冊子として著作権者の許諾なしに複製頒布されているカタログと同一であり、鑑賞用として市場で取引される画集のように独立の市場価値を有するものではない旨主張するところ、〈証拠〉を総合すると、本件書籍と同程度ないしそれ以上の規格、紙質等を有するカタログが、著作権者の許諾を受け、あるいは許諾を受けないで、展覧会や美術館において、観覧者のために著作物の解説又は紹介をすることを目的とするものとして頒布されていること、美術館関係者や美術専門家の中には、著作権法四七条の規定にいう「小冊子」の概念は、社会環境の変化、観覧者の要求等によって当然変わるものであって、その実情に照らすと、昨今のカタログは、右の小冊子に該当するものと解すべきであるとする意見を有する者があることが認められる。右認定の事実によれば、現に、本件書籍と同程度ないしはそれ以上の規格、紙質等を有するカタログの少なくとも一部は、著作権者の許諾を受けないで、展覧会等において、観覧者のために著作物の解説又は紹介をすることを目的とするものとして頒布されているという実情にあると認められるが、実情がそうであるとしても、著作権法四七条の規定の趣旨に関する前説示によると、右のカタログをもって右規定にいう「小冊子」に該当するということはできず、したがってまた、許諾を受けていないということも、事実上そうであるというにとどまるものといわざるをえず、かえって、右のようなカタログが右の「小冊子」に該当するとすれば、右規定の趣旨とするところに反して、著作物を公に展示する者に対し、著作権者の許諾なしに著作物を本質的に利用することを許す結果となることを認め、著作権者の利益を不当に害することになるものというべきであって、社会環境の変化、観覧者の要求等から、昨今のカタログが本件書籍程度ないしはそれ以上のものになってきたという事実を著作権法四七条の規定の解釈に当たって考慮するとしても、本件書籍のように実質的にみて観賞用として市場で取引されている画集と異ならないようなものまでも、右の「小冊子」に該当するものと解するときには、著作権者の利益を不当に害することになって、右規定の趣旨に反することになるものというほかはなく、したがって、被告の右主張は、採用することができない。

三  次に、抗弁2について判断する。

被告は、原告に対し、本件展覧会の開催及び展覧会用カタログの発行について許諾ないしは協力を要請してきたが、原告は、理由もなくかたくなにこれを拒否したものであるが、本件書籍における本件著作物の複製及び同書の発行は、文化的所産の公正な利用であるから、著作権の恣意的行使によってこれを妨げる原告の本訴請求は、権利の濫用であり許されない旨主張するので、審案するに、〈証拠〉によれば、被告は、昭和六一年二月から同年九月までの間、原告に対し、被告主張の要請をしてきたことが認められるところであり、また、前認定の事実によると、本件書籍における本件著作物の複製及び同書の発行は、レオナールの著作物の解説又は紹介を目的とするものであって、文化的所産の利用に関するものであるということができるが、原告は、本件著作物の著作権者として、被告主張の要請に応じるか否かの自由を有するものであり、その要請に必ず応じなければならないとする理由はなく、また、文化的所産の利用であれば、それが著作権の対象であっても任意になしうるというものでもなく、かえって、著作物の利用を許諾するか否かは著作権者の任意になしうることであるところ、その反面、被告主張の事実が被告の行為を正当化するものとも認められないから、原告が許諾なしに本件著作物を利用した被告に対し本訴請求をすることは、何ら権利の濫用に当たらないものといわざるをえない。また、本件記録上、その他原告の本訴請求が権利の濫用に当たるものと認めるべき立証は存しない。したがって、被告の抗弁2も、採用の限りでない。

四  以上の認定判断を総合すると、特に反証のない本件にあっては、請求の原因2(一)第一文及び同2(二)の事実を認定することができる。

五  次に、原告の損害賠償の請求について判断するに、前項までに認定したところによれば、被告は、少なくとも過失により本件著作権侵害行為をしたものと認められるところ、原告は、損害の額と推定される利益の額について、定価から作成原価を控除した額である旨主張するにとどまる。しかし、書籍の出版には、一般に作成原価のほか、広告費、人件費等の諸経費を要するところ、これら経費をも控除した額をもって利益の額であると解すべきである。そうすると、諸経費に関する主張立証のない本件にあっては、結局、右利益の額を認定することができない。そこで、次いで、本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額の主張について検討するに、本件書籍の定価が一九〇〇円であり、実際の販売部数が一万八二五八部である事実は、当事者間に争いがなく、そして、〈証拠〉によれば、本件著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額は、本件書籍の定価の一〇パーセントの額が相当であると認められるから、その総額は、計算上三四七万〇九二〇円となる。

六  結論

以上のとおりであるから、原告の請求は、本件書籍の印刷、製本及び頒布の差止め、本件フィルム、本件原版及び本件書籍の廃棄、損害賠償金三四七万〇九二〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和六二年二月二〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言について同法一九六条一項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 設楽隆一 裁判官 長沢幸男)

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